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大聖堂のある古い街ダラム 2
2007/08/01(Wed)
今日のお話は、昨日のお話、
大聖堂のある古い街ダラム 1」からつづきます。


ダラム(Durham)の街を散歩したあと、
大聖堂とお城のある高台へとのぼっていったのでした。
坂道をほぼのぼりつめたところに
みごとな蔦(つた)におおいつくされた家がありました。



背後に見えているのが、ダラム城(Durham Castle)。


そして、坂をのぼりきって視界がひらけた正面に、
ダラム大聖堂(Durham Cathedral)が姿をあわらしたのでした。



この大聖堂、1093年に建てられた由緒のある大聖堂であり、
ダラム城とともに、世界遺産に登録されています。


もう少し近くから、















この画像の中央、人影がある場所が入り口です。


こちらが、ドア。



そして、このいわくありげなノッカーは、



中世の時代、大罪をおかした罪びとたちが、
命からがら追っ手をのがれ、
救いをもとめてノックしたものだったのだそうです。


この大聖堂は、
37日のあいだ罪びとたちをかくまい、
裁判にかけられるか、それとも、この国を去るかを選択させる
サンクチュアリーとしての役割もはたしていたのでした。


イギリスは、16世紀初頭、チューダー朝のヘンリー8世以来、
国王が宗教権もにぎる国家体制をととのえていくことになりますが、
それ以前の中世の時代には、
国境をこえてヨーロッパ諸国に権勢をほこったローマ教会が、
この国でも国家権力と拮抗(きっこう)したというわけなのですね。


このノッカーにまつわるエピソードは、
その中世の時代背景が反映されている
ひとつなのではないのかなあと感じたわたし……。


そう思ってこのノッカーのお顔を見ると、
歴史のかなたのこの国の権力者たちの攻防のさまが
そのおもざしにやどっていたりするようにも見うけられます。
ちなみに、このノッカーはレプリカで、
本物は、聖堂内に保管されているとのこと。


このダラム大聖堂、
寄付はつのっていますが、拝観料は無料です。
(塔へのぼるのには、3ポンド必要。今のレートで700円あまり)
残念ながら、堂内の写真撮影は禁止でした。


高いステンドグラスも石の壁もとても古く、
列柱のようなデザインの壁には、
まるで装飾として人為的にはめこまれたかのような化石が
無数に見られるものもありました。


礼拝用のベンチが整然ならんでいる先、
祭壇の手前の足もとに、
何やら5、60センチ四方の箱がおいてあったので、
何気なくのぞきこんでみると、


目もくらむような深みの中に、
教会の塔のドームになった天井が映っていました。
箱には、鏡がはりつけてあったのです。


だんだらもようを描く平面の上に、
突然、3Dの絵が結んで見えたときみたいに、
その深みに吸いよせられるような軽いめまいを感じて、
今度は、実際の天井を見あげてみると、
またくらくら……。


鏡に映されていたよりも、
さらに距離感のあるドーム型の天井が薄暗い視界の高みから、
ぽかんと口をあけて見あげるわたしの顔を見おろしているのでした。


「すごいよね~」


と、ため息をもらすわたしに同意するイアンは、


「1000年近くも昔、
一般庶民がほっ立て小屋のような家に住んでいた時代に、
教会には、こんな建物をたてる力があってわけさ」



信心のないわたしたち夫婦は、物見遊山でふらふらと、
祭壇のこみいった木彫りの装飾、パイプオルガンや、
聖人の像の横たわる石棺を見てまわったあと、


大聖堂の中庭にある、やっぱり、石づくりの回廊へと
足を進めたのでした。
カメラを取り出している人の姿も見うけられたのですが、
ここも撮影禁止だよと、イアンが制するので撮影は断念しました。


ですが、どうしても、おもむきのある石の装飾が
額縁(がくぶち)のように芝生の中庭をとりかこんだ風景が
見てみたいなと思われる方は、


映画の「ハリー・ポッター」の第1作めをごらんください。
石の窓わくにかこまれた回廊のシーン、
きっと、すぐに、ここだと見つけていただけるものと思います。


「ハリー・ポッター」のホグワーツ魔法魔術学校の撮影場所は、
いつぞやご紹介したアニック城の名がよく知られているのですが、
実は、このダラム大聖堂でも撮影がおこなわれたのでした。


撮影は、イギリス各地あちこちでおこなわれていて、
その中でも、ダラム大聖堂はあまり知られていないかと思うのですが、
撮影の最中には、1度、ニュースでとりあげられ、
世間の物議をかもしたことがありました。


撮影場所から、注射器や注射針が発見されたのでした。
だれが使ったものかについては、わからないままだったのか、
わかっても、そこまで報道しなかったのか、
その後のことについてはよくわからないのですけれどもね。


その昔、
サンクチュアリーとして罪びとをかくまったダラム大聖堂、
もしかすると、今の時代にも、その名残をとどめているのかもしれません。


さて、このあと、わたしたちは、
ダラム大聖堂の正面の広場をへだてたむかい側、
大聖堂の司教「プリンス・ビショップ」の居城だったという
ダラム城へとむかったのでした。





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