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学寮コートマウワーに落ちつく
2008/07/04(Fri)
イギリス滞在はじめての夜は、
アンがお母さんと2人で暮らす家に泊めてもらった。
翌日、アンはわたしをアベリストゥイスの街と海を見おろす
高台に建つ大学の学寮へ送りとどけてくれた。


この大学で夏のあいだ設けられている英語研修のコースに参加しながら、
実家の町と友好関係にあるアベリストゥイスの要人や機関を表敬訪問したり、
歓迎会やその他のイベントに参加することになっていた。


わたしの入寮したのは広大なキャンパス内に建ちならぶ学寮のひとつだった。
コートマウワーと名づけられたその学寮はいくつかのブロックに分かれていて、
個室が10室ほどのブロックごとに共同のキッチンとバストイレが備わっていた。


共同キッチンから何やら人の声がすると思ったら日本語だった。
同じブロックの住人にミチコさんとテルヨシさんという
日本人がいることがわかった。


ミチコさんはすらりと背が高く、
軽いウェーブのかかった長い髪を背中に波うたせている
清楚だけれど毅然(きぜん)とした雰囲気をただよわせる美人だった。
短大出たての客室乗務員志望。その春の就職はかなわなかったらしい。


テルヨシさんも見あげるばかりの長身で、
面差(おもざ)しはアイドル時代の川崎麻世に似ている。
一浪しても日本の大学に入れなかったのでイギリスに送られてきた
裕福な家庭のご子息らしかった。


ミチコさんとテルヨシさんのほかにも、ブロック内には、
将来、弁護士を志しているベンと名のるタイ人の男の子がいた。
秋から大学で法律を学ぶ前に、英語の実力を身につけるために
夏の英語研修のコースに出席するのだという。


英語研修の7月のコースは翌日からはじまることになっていたので、
わたしのあとにも、夜更けてから同じブロック内に
まだ何人かの入寮者があったようだったけれど、
その夜は、そのほかの同居人と顔を会わせることはなかった。


スーツケースひとつの荷解きを終えると、
レンガの壁にかこまれたシングルベッド、ロッカー、
机とイス以外には何もない殺風景な部屋の西側に
四角くくりぬかれた窓の風景に目がひきつけられた。


なだらかな丘のふもとにひっそりとたたずむ街なみのむこうに、
日没をのみこんでゆったりと横たわる大西洋が見おろせた。
おぼろにかすむ水平線がまだほのかにオレンジの光を宿している。


ところが、時間はすでに夜の10時をまわっているのだ。
こんな時間にあたりの風景がはっきりと見わけられるのが、
何とも不思議で受け入れがたいことのような気がした。


そのうえ、やがてあたりが暮色をおびはじめると、
刻々と移り変わっていく空と海の風景に、
わたしの目は完全に釘づけになってしまったのだった。


空の色が薄闇にとけ込んでいくのと入れかわりに、
空にうかぶ雲の連なりが水平線の彼方に没した
太陽の残光をたっぷりとふくみこんで
胸をつかれるような深紅の薔薇色に燃えたった。


そのうち薔薇色の雲もひっそりと色をひそめていくと、
藍色の水彩絵の具をにじませたような透明な色合いを見せながら
空全体がゆっくりと漆黒の闇のヴェールに包まれていく。


すると今度は、そのときを待ちかねていたかのように、
眼下にのびる海岸線にそって街の灯がまたたきはじめた。
そのようすは、まるで夜空から大西洋に流れ落ちた星くずたちが
海辺にうち寄せられてきらめいているかのようだった。


それが、わたしがイギリスではじめての夏をすごすことになった
ウェールズの海辺の小さな町アベリストゥイスとの出会いだった。
けれども、このアベリストゥイスでわたしを待ちうけていた
わたしの人生にとってかけがえのない幾多の出会いについては、
そのときのわたしにはまだ思いもおよばないことだった。





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