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はじまりの物語
2007/06/03(Sun)
そのとき、ロンドン発の日本への直行便は、
夜の北欧上空を飛行していた。


「左手に、ヘルシンキの夜景とオーロラがごらんになれます」


機長のアナウンスが入ったので、ペンを走らせる手をとめ、
窓の外に目をやると、


闇につつまれた大地の底に、ヘルシンキの街の灯が、
点々と白銀の砂をまきちらしたようにちらばっていた。
けれども、その光の広がりは、
絶海にただよう孤島のようにはかなく寂しげで、
周囲の闇の深さを知らせるために存在しているかのようだった。


北の上空に目を転じてみたが、
手もとを照らすライトをつけっ放しにしていたせいもあってか、
いまだかつて目にしたことのないオーロラらしき光は、
どこにも見あたらなかった。


そこで、手のひらでこめかみをかこい、
顔を窓ガラスにおしつけるようにしてみると、
飛行機の翼で斜めに切りとられた視界の向こうに、
乳白色にけむる淡い光の帯が
ぼんやりとたなびいているようにも見えた。


あれが、オーロラ……。


と、口の中でつぶやくことで、
生まれてはじめてみる、あれがオーロラなのだと
自分に納得させると、


わたしは、それまで、10日あまりつけることのできなかった日記を
順を追って、できるだけ細かく書きとめる作業にもどり没頭した。
その夏、わたしの身の上におこったできごとの数々が、
記憶の中からこぼれ落ちていく前に、
とにかくどんなささいなことでも書きとめておきたかった。


そのときはまだ、わたしの将来が、
どんな方向に舵(かじ)をとっていくか、まったく見当もつかなかったけれど、
その日記に書きつづられる日々が、
これからのわたしの人生を大きく変えていくはじまりになることだけは
はっきりとわかっていた。


2か月半前、生まれてはじめて踏むイギリスへ向かった飛行機は、
アンカレッジで給油するアラスカ経由便だったが、
帰りは、ロンドンから大阪伊丹国際空港への直行便になっていた。
時代が、わたしを乗せて移りかわろうとしていた。


わたしの時代も、かわろうとしている。
いっとき、オーロラの姿を見ようと窓の外に目をこらした以外、
11時間あまりのフライトの末、
わたしを乗せた飛行機が大阪空港に着陸するまで、


日記の空白ページを埋めるために、
わたしは、一心にペンを握りつづけていた……。







それから、さらに時代は移り、
今、わたしを乗せた飛行機が向かう空港は、
大阪伊丹国際空港から、関西空港にかわったけれど、


あのときと同じ単身で日本へ向かう機上で、
あのときにしたためた日記を開いてみると、
その中に書きつづられている時が、
すでに17年前のことのようにはとうてい思われないのです。


実は、今もって、あの夜間飛行の北欧上空に、生まれてはじめて、
わたしが、ほんとうにオーロラを見たのかどうか確信がありません。
けれども、はじめてのイギリスでの夏の日々や、その中にいた自分は、
今のわたしの中にも、色あせることなく存在しています。


そして、いつか機会があったら、あの夏の日々のできごとや、
めぐり会った人々のことをちゃんとした形に書きとめておきたいと、
心の片隅では、ずっと思いつづけていたのでした。


今回の日本へのひとり旅に、日記をたずさえていったのは、
もう1度読みかえして、
今、それをはじめたいという気がしていたからなのでした。





(というわけで、このブログ、
これまで同様に、現在進行中のわが家のできごとをご紹介するのと並行して、
わが家を誕生にみちびいたエピソードの数々もおりまぜて
ご紹介していきたいと思っています。
わが家の「はじまりの物語」も楽しんでいただけますように……)





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