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はじまりのはじまり
2007/06/04(Mon)
それは、開隆堂(KAIRYUDO)という出版社の
高等学校用英語科の教科書「ENGLISH NOWⅡ」の
Lesson12に登場するお話なのであります。


(わたしの手もとにあるのは、
その英語の教科書の表紙とLesson12のコピーだけなので、
その教科書が使われていた正確な年代はわからないのですが、
1990年代の中ごろに発行された版だと思われます)


Lesson12のタイトルは、
「Sakura Peace Message(サクラ・ピース・メッセージ)」
その本文は、以下のようにはじまります。


Frank Evans was at Aberystwyth Railway Station in Wales.
(フランク・エバンスさんは、ウェールズのアベリストゥイス駅にいました)
He was waiting for a student from Japan.
(彼は、日本からやってくる生徒を待っていたのです)
Lots of memories came back to him.
(多くの思い出が彼のもとによみがえってきました)


つづいて、
このフランク・エバンスさんによみがえってきた思い出として、
エバンスさんの経歴が語られます。


イギリスのウェールズ生まれのフランク・エバンスさんは、
第2次世界大戦に従軍、1941年に日本軍の捕虜(ほりょ)となり、
日本の強制キャンプに送られて終戦をむかえたのでした。


強制キャンプでは、ニッケル鉱山の過酷な労働をしいられ、
多くの朋友や、ほかの国の捕虜たちがなくなっていきました。


戦後40年近くをへて、当時の強制キャンプ時代の生活を
本にまとめ、出版したフランク・エバンスさんは、
その本で得た収益で、日本の強制キャンプでなくなった
同僚たちの霊をなぐさめる慰霊碑を建てたいと考えたのでした。


そこで、とぼしい記憶を手がかりに、エバンスさんは、
戦時中に強制キャンプのあった日本の町をさがしだし、
町の協力をえて念願だった慰霊碑を建立したのでした。


それが、
エバンスさんが在住するウェールズの小さな町アベリストゥイスと
強制キャンプのあった日本の小さな町との
交流のはじまりとなったのでした。


1990年からおたがいの町への親善訪問をかねた
留学生の交換もはじまりました。
英語の教科書の本文中には、1992年に日本の町を訪れた
アベリストゥイスの高校生2人が写真入で紹介されています。


そして、本文によると、
今度は、エバンスさんの在住するアベリストゥイスが
日本の町から留学生をまねく番なのでした。


(実は、この順番は逆で、
まず、日本の留学生がアベリストゥイスにまねかれ、
この本文の最後の部分、以下の場面になるわけなのですが)


A girl student got off the train and walked toward Frank.
(女生徒が電車をおりて、フランクさんのところへ歩いてきました)
“Welcome to Aberystwyth!” he said.
(「アベリストゥイスへようこそ!」と彼は言いました)
On his jacket was a Sakura badge which he had designed himself.
(彼のジャケットには、彼自身がデザインしたサクラバッジがついていました)


サクラバッジには、エバンスさんの平和を祈る気持ちがこめられ、
この本文のタイトルにもなっている
「Sakura Peace Message(サクラ・ピース・メッセージ)」
がそえられています。


Consider our blossoms which are beautiful in life and death.
Never again let us and human beings die in an ugly holocaust but,
instead, allow us all to live and die naturally in perfect peace for ever more.


「咲いているときも、散った後も美しい桜、二度と再び人間が、
無残に命を失うことのないように。
そして、すべての人間が平和のうちに生をまっとうできますように。
(教科書執筆者による訳)」


そして、Lesson12の本文のあとには、
本文で習った英文のおさらいをする練習問題が……。
きっと、みなさんも覚えがありますよね~。


最初の問題は、「英語で答えてみようCOMPREHENSION」。
その第1問めなのですが、いっしょに答えを考えてみてください。



フランク・エバンスさんは

駅でだれを待っていたのでしょう?









は~い。それは、わたしで~すっ!




というわけで、
もし、この英語の教科書のフランク・エバンスさんの
戦時中の体験や、その体験談の出版、
アベリストゥイスとわたしの実家の町との交流がなかったら、


わたしは、イギリスのウェールズにあるアベリストゥイスへやってきて、
その町にあるウェールズ大学の学生だったイアンに会うことも、
ユインがこの世に生を受けることもなかったのでした。


つまり、
日本の英語の教科書に紹介されたフランク・エバンスさんの物語は、
わたしたち一家のはじまりのはじまりの物語でもあったのでした。






ところで、これは、ちょっと余談ですが、
アベリストゥイスから日本を訪れた高校生たちの写真は、
しっかりと、2枚ものっているのに、


どうして、エバンスさんが、アベリストゥイスの駅で出むかえた
日本の女生徒の写真はのっていないのかなあと、
この教科書で英語を勉強した高校生のみなさんは
不思議に思ったのではないでしょうか。


えへっ。
それは、本人が思うに、
そのガール・スチューデントの写真は、
きっと、のせられなかったんでしょうね。


だって、そのとき、わたし、
どうあがいても、
女子高生には見えない年にたっしてましたからね~。


ところが、なんと、イアンの目には、
女学生の年には見えたらしいのですよ。
でも、それは、もう少しあとのお話です……。





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