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プルドー城
2009/04/21(Tue)
今日は、イングランドの最北端の州、
ノーサンバーランド(Northumberland)州の
お城巡りの第三弾です。


前回のエイドン城(Aydon Castle)の南西、
車で10分ほどの距離にあるプルドー(Prudhoe)の町はずれに建つ
プルドー城(Prudhoe Castle)。


IMG_0451a.jpg


前回、エイドン城を訪れたのは
ユインが生まれる前のことだったのでしたが、
このプルドー城を訪れたのは、
ユインがよちよち歩きをしていたころのこと。


ということは、前回、このお城を訪れたのは、
なんと10年以上も前のことになるのでした。
あらためて歳月のたつ速さに驚かされました。


ユインに聞いてみると、
このお城を訪れた覚えはないとのこと。
そりゃあ、そうですよね。


それに、人はそれぞれ、
ちがう時間の尺度を持って生きているのだから……。


IMG_0452a.jpg

じゃあ、このお城はどうなのだろう……。


このプルドー城が築城されたのは11世紀の中ごろ。
10年前など、まだつい昨日のことにちがいありません。


IMG_0455a.jpg


このお城、1066年のノルマン朝の成立により
フランスのノルマンジーからやってきた
ウンフラヴィル(Umfraville)家の所有となったのでしたが、


IMG_0464a.jpg


13世紀、「マグナカルタ」で有名なジョン王の時代には、
ジョン王に明け渡されてしまったり、


IMG_0465a.jpg


14世紀初頭、スコットランド独立戦争「バノックバーン」の戦いでは、
ウンフラヴィル家の当主がスコットランド軍の捕虜になったり、


IMG_0457a.jpg


さらに、14世紀の終わりには、
ウンフラヴィル家が途絶えてしまったことにより、
城を受けついだ当主の未亡人の再婚相手の所有に……。


その再婚相手というのが、
前々回ご紹介したウォークワース城も所有することになる
地元の豪族パーシー家の当時の当主だったのでした。


IMG_1551a.jpg


その後は、1966年までパーシー家の所有となり、
19世紀には天守閣の西にマナーハウスが増設されました。


P1060974a.jpg


(この上の画像から以下の画像は、みんな、わたしの撮ったおまけ。
イアンがマナーハウス内を撮っていなかったもので……)


P1060931a.jpg


1966年に、プルドー城はイギリス王室の所有となったのですが、
管理はイギリスの文化財保護団体イングリッシュヘリテイジにゆだねられ、
一般に公開されることとなりました。


P1060937a.jpg


マナーハウスだった建物は、
チケットオフィスと展示室に姿を変えていますが、
住居として使用されていた時代の面影を今に伝えています。


P1060932a.jpg





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