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はじめてのロンドンで
2007/06/23(Sat)
大阪伊丹国際空港から、成田国際空港へ、
そして、アンカレッジで1時間の給油をすませて、
ロンドンヒースロー空港へ。


20時間の空の旅のすえに、
わたしが、はじめてイギリスの地をふんだのは、
早朝のことだった。


6月も終わりだというのに、
心もとなげに白くかすむ空は凍りつき、
空気は肌をさすように冷たかった。


つい昨日発ってきた日本に、
じっとしていても汗のふき出してくる梅雨が
存在しているのが嘘のようだった。


自宅を出てから、
ゆうに丸1日をこえる長旅だったにもかかわらず、
まるで疲れを感じないというのもどこか変な感じだった。


神経をとがらせてのぞんだ入国審査では、
英語がままならないために、すったもんだあって、
かなり辟易(へきえき)してしまった。


そして、それが、
これからの2か月半にわたるイギリス滞在を暗示しているかのようで
気分はかなりおちこんでしまったのだけれど、


空港から、それまでテレビ画面の中でしかお目に
かかったことのなかった黒ぬりのタクシーを拾うと、
わたしの気分は一変した。


信じられないほどゆったりとした、
なのに、すわり心地はそれほどよくないタクシーの窓ぎわに
身をよせるようにしてながめる光景に、わたしは、
すっかり、目も心も奪われてしまった。


白く凍りついていた空をとかして、
太陽が青くぬりかえていく空の下にひろがる異国の街なみは、
おとぎの国そのものだった。


堅牢 (けんろう) な石やレンガ造りの棟(むね)つづきの家々に、
板チョコを思わせるガラスの格子窓がはりつき、
屋根には、レンガでかこわれた煙突がむれをなしてつき出している。


そんな家々が行けども行けども、つきることなくつづいていて、
この世にあるほんとうの景色だとはどうにも信じられない。
だけど、たしかに見おぼえがあると感じたのは、
どうやら、映画の中で見たのだった。


今しも、タクシーが走りすぎようとする家の煙突のどれかから、
煙突掃除夫が、ひょいっと煤(すす)で汚れた顔をつき出すと、
そこへ、とっ手が鳥の頭になっているこうもり傘につかまって、
歌を口ずさみながらメアリー・ポピンズがまい降りてきそうな……。


そんな気がして仕方がない。


そして、実際、わたしは、その日のうちに、
メアリー・ポピンズと見まごう人と出会うことになるのだけれど、
このロンドンでは、もうひとりの別の人と出会うために、
それとは知らずに、わたしはタクシーを飛ばしているのだった。


やがて、タクシーは、テレビや雑誌で見たのと同じだけれど、
思っていたよりずっと広々としたトラファルガー広場をぐるりとまわって、
古く壮麗(そうれい)な石造りの建物の前に乗りつけた。


その建物の中のオフィスにあいさつにうかがうというのが、
実家の町から送られてきたわたしの親善訪問の最初の仕事だった。
そのオフィスは日本の地方公共団体の海外出張所のような役割を
はたしているオフィスらしかった。


玄関まで迎えにでてオフィスに案内してくださった20代方も、
○○県庁から出向されているという30代のT氏も、
その上司とみえる自治省から来られているという40代の方も、
もの腰やわらかで、国際人の立ちいふる舞いを身につけられた
日本の国を背おったエリートと見うけられた。


外観は古くていかめしい造りながら、
内部は近代的なオフィスになっている建物の1室で、
仕立てのよいスーツ、ネクタイ姿の紳士方を前にして、
今回のわたしの旅のいきさつや、旅程などを手短に話し、
そのあとは、場ちがいな世界に迷い込んで、
借りてきたネコになっている時間が長かった。


そこへ、
そのあと、ウェールズ行きの出る駅まで
わたしを連れていってくれることになっていた
フランク・エバンスさんの友人エリサベスさんがあらわれた。


あとで聞いたところによると、
お父さんはハンガリー人、お母さんはオーストリア人で、
オーストリアで生まれ育ったエリサベスさんの名まえは、
Elizabethではなく、Elisabethとつづるので、
日本語では、「エリサベス」ですね。


と、日本に6か月滞在し、英語の先生をしていたという
エリサベスさんは、そう言った。
そのときの日本への旅は、シベリア横断鉄道の旅だったとのこと。


1度、エリサベスさんが育ったという
オーストリアの家の写真を見せてもらったことがあるのだけれど、
森にかこまれたディズニーランドのシンデレラ城みたいだったので、
びっくりした。


きっと、由緒(ゆいしょ)正しい家がらのお嬢さまだったにちがいない。
けれども、わたしは、ロンドンでの初対面のときには、
そんなことは、まったく知らなかった。


わたしが知っていたのは、
エリザベスさんは、フランク・エバンスさんの友人で、
ロンドン在住で、ヨガの先生をしているということだけだった。


全身硬直状態でイスにかけていたわたしが、
腕時計の針の動きを見まもっていた目をあげると、
そこに、プラチナブロンドをこちっとしたポニーテールにゆった
ほりの深いエリサベスさんの笑顔があった。


薄い唇にやどる笑みと、
目じりに深いしわをきざんでかがやく青い目が、
初対面のわたしに向けられているのだとは
信じられないくらいにやさしかった。


エリサベスさんは、
目のさめるような赤のカッタータイプのブラウスに、
7分たけのまっ白なパンツ、足もとは素足のサンダルばきだった。
耳にゆいいつのアクセサリー、ピアスのイヤリングがゆれていた。


どうやら、50代と見えるにもかかわらず、
さすがはヨガの先生、
背すじがきりりと美しいスリムなボディーの持ち主だった。


そのエリサベスさんが、わたしをひきとって、
オフィスをあとにしようとしたときのことだった。


送りに出てくれた、日本を背負うエリート国際人のT氏が
エレベーターのボタンに伸ばそうとする手を制して、
すずしい笑みをうかべ、エリサベスさんは言ったのだった。


「わたしには、足がありますよ」


わたしは、そのとき、
このエリサベスさんのひと言を忘れることはないだろうと思った。
そして、将来、この日のエリサベスさんとの出会いを
何度も何度も思い出すことになるだろうと思った。





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