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ほんとうの到着シーン
2007/06/24(Sun)
英語の教科書にのったフランク・エバンスさんの戦時中の体験と、
戦後、日本の強制キャンプで亡くなった戦友たちの慰霊碑建設は、
ほんとうのことだったけれど、


エバンスさんが、
アベリストゥイスの駅で出むかえた日本からの留学生は、
女子高生ではなかっただけではなく、


実は、出むかえてくれたのは、エバンスさんでもなく、
わたしが到着したのも、アベリストゥイスの駅ではなかった……。




フランク・エバンスさんの友人でロンドン在住のエリサベスさんは、
エバンスさんの依頼をうけると、
先生をしているヨガのレッスンのつごうをつけて、


自治体国際化協会のロンドンオフィスでわたしをピックアップしてくれ、
北ウェールズに向かう電車の出るユーストン駅まで送りとどけてくれた。


そのころは、終点がウェールズのアベリストゥイス行きの電車があって、
エリサベスさんに見送られ、わたしはその電車に乗りこんでいたのだけれど、
ウェールズに入る手前のイングランドの町シューズベリーで
下車することになっていた。


というのは、アベリストゥイスの町のタウンホール(役場)で、
メイヤー(町長)の秘書をしているアンが、
シューズベリーの駅まで迎えにきてくれ、そのあとは、
アンの車でアベリストゥイスに向かうことになっていたのだった。


エリサベスさんについては、何も知らなかったけれど、
アンについては、いくらか知っていることがあった。
ロンドン近くの出身。ウェールズ大学で宗教と歴史を学び、
独学でウェールズ語を身につけた。


わたしより10歳年上で未婚。タウンホールで働くかたわら、
自宅に病気のお母さんをひきとって介護している。
コーラス、水泳、ウォーキング、ヨガが趣味で、
ウェールズ語の通訳翻訳や介護のボランティア活動をしている。


3年前にフランク・エバンスさんが日本を訪問したときに
紹介してもらったペンフレンドのひとりがアンだった。
わたしたちは、3年来のパンパルということになる。


けれども、顔を合わせるのはこれがはじめてだった。
シューズベリーの駅で停車した電車からスーツケースをおろし、
ふと、プラットフォームの先に目をやると、


大きく手をふりながら、
わたしの方にむかって走ってくる人影がある。
イングランドのはずれのその駅が、
映画「メアリー・ポピンズ」に登場していたはずはなく、


時代がかった長いスカートやコートに身をつつんでいたわけでも、
鳥の頭のついたこうもり傘をもっていたわけでのなかったのに、
そして、それが、アンだと認識する以前に、
その場につっ立ったまま、わたしは、心の中でつぶやいていた。



メアリー・ポピンズだ……。



それが、アンとの出会いの瞬間だった。
アンは、少しくせのあるブラウンのショートヘアに
明るいブラウンの目をもつ骨格のしっかりとした女性だった。


わずかにはにかみをふくんだおちゃめな笑みは、
大きなフレームのめがねに、その大半をおおわれていたけれど、
どこかジュリー・アンドリュースにおもざしが似ていた。


そのうえ、映画の中のジュリー・アンドリュースみたいに
アンは、思いやりとたよりがいのある魅力的な女性だった。
アベリストゥイス滞在中、何くれとなくわたしの面倒をみてくれた。
なのに、いつもわたしを対等な友だちとしてあつかってくれるのだった。


アンの運転で、
アベリストゥイスのフランク・エバンスさんの自宅へ向かうあいだ、
わたしの英会話力にはいささかどころか、かなりの問題があったものの、
会話の話題については、まったく、ことかくことはなかった。


自宅で首を長くして待っていてくれたフランク・エバンスさんは、
3年前に出会ったときと同じ、エバンスさん独特のやさしくて、
人なつっこい笑みでわたしを迎えてくれた。


「みやこ。ようこそ。アベリストゥイスへ」


肉あつのエバンスさんの手がさし出された。
そのあたたかな両手がすっぽりとわたしの手をくるみこむ。


そのとき、
このエバンスさんの命をけずるような
過酷な経験から芽ばえた縁(えにし)にみちびかれて、
ついに、わたしはやってきたのだと思った。


そのときはまだ、このアベリストゥイスでの経験が、
わたしの人生をも大きく変えてしまうなどとは、
予想だにしなかったのだけれど……。





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