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湖水地方、ワーズワースの生家
2011/02/10(Thu)
英国ロマン派の詩人ウィリアム・ワーズワースが湖水地方に生まれ、生涯のほとんどを湖水地方ですごしたことをご存じですか。高校の国語の教科書にワーズワース作の詩の一節が載っていて、崖に打ちよせる波を描写する表現の巧みさに誘われて少しだけ詩集をかじり読みしたことがあったのですが、わたしはイギリスへやって来るまでワーズワースの故郷が湖水地方だったことを知りませんでした。そこで、今回、湖水地方を訪ねたおりにワーズワースが幼年時代をすごし、のちの詩作の原点となった生家を訪ねてみることにしたのでした。

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ワーズワースの生家は、湖水地方の北西端に位置するコッカマス(Cockermouth)の街の目抜き通りのはずれにあります。門をくぐると、右手の白い建物がチケットオフィスで、手前が玄関。

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1770年4月7日。ウィリアム・ワーズワースは、裕福な法律家の次男としてこのジョージ王朝スタイルの家で生まれ、両親と5人兄弟の家族、それにメイドや庭師などの使用人にかこまれて幼年期をすごしたのでした。屋内は、カメラ、ビデオの撮影は禁止なので画像ではご覧いただけませんが、18世紀の湖水地方のタウンハウスの様子をうかがい知ることができるワーズワースの生家、詩人ワーズワースにはあまり興味のない方もなかなかおもしろいのではと思います。


というのは、一般公開されている古いお屋敷やお城内の物品に手を触れるのはどこの国でもたいがい禁止されていますよね。法律家だったワーズワースの父親の仕事部屋や客間など、このお屋敷の正面にならぶ部屋もその例外ではないのですが、後ろ側にある家族でくつろぐファミリールームや子供部屋にはレプリカの家具やおもちゃが再現してあって、当時の衣類の展示してある引き出しを引っぱり出したり、おもちゃであそんだりできるのです。

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これは、裏庭にある遊具ボーリング。

また、キッチンから話し声や人の立ち働く気配、何だかいい匂いもただよってくるのでのぞいてみると、古めかしい長いスカートにエプロン、白い木綿のシャワーキャップのような帽子をかぶったメイドさんが、当時このお屋敷で食べられていた料理を当時のレシピで作っているのです。調理台の上には、出来あがった平たくてちょっと固そうな素朴なパンや巨大なミートパイが並んでいて、わたしたちがのぞいたときに調理中だったのは、クリスマスディナーのデザートになるりんごやサルタナ入りのクリスマスローフ。まな板の上できざまれているりんごやその他のくだもの、野菜類が栽培されているのは、お屋敷の裏に広がる庭の中の菜園。

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先のボーリング場のあるバックヤードには庭への入り口があって、

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庭には、野菜の収穫をする召使いのおじさんの姿がありました。

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それから、クリスマスディナーのデザートになるりんごがなっていた木も……。


こうしてワーズワースが幼年時代をすごしたお屋敷の生活のようすを目(ま)のあたりにすると、ワーズワースは経済的に豊かで恵まれた幼年時代をすごしたことがうかがえます。けれども、ワーズワースの母親が30歳の若さで亡くなると、わずか8歳だったワーズワースはホークスヘッド(前回ご紹介した「ビアトリクス・ポター・ギャラリーのある村」)のグラマースクールへ送られることになったのでした。さらに、その5年後には父親とも死別したことを思うと、このお屋敷ですごした幼年時代の日々はワーズワースにとってかけがえのない時代だったように思われます。


さて、このあとも、もう少しワーズワースの足跡(そくせき)をたどって湖水地方を歩いてみようと思います。ワーズワースの生家「ワーズワーズハウスWordsworth House」を訪ねてみようと思われる方は、アクセス、開館時期や時間等、以下のこちらのサイトで詳細をご確認くださいね。






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