スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
ワーズワース、終(つい)の棲家(すみか)と永眠の地
2011/02/18(Fri)
イギリス国内やヨーロッパを漂泊した末に、妹ドロシーと共に、湖水地方のダヴ・コテージに落ちついて妻を迎えたウィリアム・ワーズワース。その後、5人の子供たちにも恵まれ、来客も多かったのでダヴ・コテージでは手狭となり、2度の引っ越しをへて、1813年、終(つい)の棲家(すみか)となるライダル・マウント(Rydal Mount)に引っ越したのでした。そして、1850年に80歳でなくなるまで37年間をこの家ですごしました。

39.jpg

ライダル・マウントは、グラスミア(Grasmere)の南西、アンブルサイド(Ambleside)に向かう途上にあります。現在、ライダル・マウントはウィリアム・ワーズワースの子孫の所有となっていて一般公開されています。16世紀にさかのぼるチューダー朝様式のダイニング、屋根裏部屋の書斎などワーズワース一家が住んでいた当時のもようをそのままに伝える屋内やワーズワース自身が設計した庭を見ることができます。


ワーズワースは、終の棲家となったライダル・マウントに関して次のようなことを書き残しています。わたしたちがいなくなったあと、この家がどうなっていくのだろうかと、わたしはしばしば自問する。家の正面の古い壁や石段はそのまま残っていくのだろうか。庭はどうだろう。美しい苔やシダ、野生のゼラニウムやその他の花々も根こそぎとりはらわれてしまうのだろうか。


73歳のときにイギリス王室から桂冠詩人の称号を与えられたワーズワースは、肺炎のため80歳で生涯を終えました。そして、その遺体は、グラスミアの村にある聖オズワルド教会(St. Oswald's church)の墓地に埋葬されました。

40.jpg

41.jpg

教会の入り口に、「ようこそ」と書かれていたので入ってみました。

42.jpg

この教会には、生前、ワーズワース一家も礼拝に通っていたとのこと。


教会の庭。

43.jpg

44.jpg

45.jpg

庭の敷石に刻まれているのは、この教会の庭に寄進をした人々の住所と名前です。


このようなひっそりとした庭の片すみに墓地があり、ワーズワース一家のお墓も、その一隅にあります。

46.jpg

手前の左手が、ウィリアム・ワーズワース(1850年没)と妻メリー(1859年没)の墓石。娘のドーラ、夭逝した子供たちキャサリンとトーマス。そして、妹のドロシーやその他の家族たちと共にワーズワースは彼がこのなく愛したグラスミアの村の地下で安らかに眠っています。


ワーズワースの終の棲家となった「ライダル・マウント」のサイト






夢実現へ
1日1クリックのご支援をお願いします!
人気ブログランキングへ


もしお急ぎでなかったら、こちらにも……。
ペコリッ!
にほんブログ村 海外生活ブログ イギリス情報へ
にほんブログ村











スポンサーサイト
この記事のURL | 湖水地方を歩く | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。