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イギリスのおへその町で 1
2007/07/26(Thu)
メルクリッジ(Melkridge)の村でなつかしい散歩を楽しんだあと、
イアンとわたしは、わたしたちが15年前のひと夏をすごした
ホールトフィッスル(Haltwhistle)の町をたずねてみることにしたのでした。


すると、町の入り口に、わたしたちが住んでいたころにはなかった
こんな歓迎の案内板がたっていました。



WELCOME TO HALTWISTLE
(ようこそホールトフィッスルへ)
CENTRE OF BRITAIN
(ブリテン島の中心の地)


案内板の中央に描かれている左側は、ローマ兵。
そうなのです。このホールトフィッスルの町、古代ローマ時代、
イギリスを支配していたローマ帝国の北の国境としてきずかれた
ハドリアヌスの城壁(ヘリドリアンズ・ウォール)のちょうど中央にある町なのです。


さらに、案内板の兵士にはさまれたブリテン島の図がらをごらんいただくと、



なるほど、北部アイルランドをのぞいたイギリス、
つまり、ブリテン島のちょうど、おへそに位置する町なのでした。


結婚半年のわたしたち夫婦が、
どうしてこのイギリスのおへその町に
住むことになったかというと、


結婚当時、わたしたち、家なし、職なしだったもので、
イアンの兄が南極観測船に乗っていて、
その仕事の留守をいいことにコーブリッジの兄の家に転がりこんで
生活していたわけなのでしたが、


そのうち、イアンの兄が8か月におよぶ勤務をおえて南極から帰ってくると、
3人同居というのは、小さなコテージには手ぜまだったもので、
わたしたち夫婦は、賃貸のフラット(アパート)をさがすことになったのでした。


ところが、先にも書いたとおり、収入のなかったわたしたち、
ポッシュな村コーブリッジには、手ごろな賃貸料のフラットがなく、
安い賃貸料のフラットを求めて、田舎から、ド田舎へ、
つまり、ブリテン島の東から内陸へ内陸へと
安フラット探索の手を広げていったのでありました。


こうしてたどりついたのが、ブリテン島のおへその町、
ホールトフィッスル(Haltwhistle)だったというわけなのです。


ハドリアヌスの城壁の観光拠点になっているホールトフィッスル、
ハドリアヌスの城壁が世界遺産に登録されたのにともなって、
町の入り口に、派手な案内板などがたったのかなあと思うのですが、


町の中へ、一歩足をふみ入れてみると、
わたしたち夫婦が住んでいたころとまったくかわったところのない、
田舎の町ののんびりとした風景がわたしたちを迎えてくれたのでした。


先にご紹介した案内板のすぐ近くにあるバス停。



このホールトフィッスルにいるあいだに、
イアンが警察の事務の仕事につくことができたので、
毎朝、このバス停からバスに乗って仕事に出かけていったのでした。


わたしも、毎朝、このバス停でイアンを見送って、
そのあとは、昨日ご紹介したメルクリッジの村や、
ハドリアヌスの城壁へ散歩に出かけたものでした。


そして、夕方、



道路の反対側のこのバス停で、
イアンを乗せたバスが帰ってくるのを待つのも
わたしの日課になっていました。


わたしたちが借りていたフラットへの道。



このカーブした建物をまわると、



カーブした建物のうしろ側は、



すてきなお庭にめんした棟(むね)つづきのコテージなっているのでした。



そして、このコテージを背にして、



ほんの少し進むと、見えてきました。



「シェパード・テラス(羊飼いの家々)」と名まえのあがった通りが……。


イギリスでは、棟(むね)つづきの建築様式の家は、
「テラスト・ハウス(Terraced House)」と呼ばれています。
そして、この通りのように、
テラスト・ハウスが建っている通りの名まえになっていることもあります。


もしかしたら、この通り「シェパード・テラス(羊飼いの家々)」の家々は、
建設当時、羊飼いをなりわいとする人々が住んでいたのかもしれませんね。



わたしたちが借りていたのは、このテラストハウスの左のはしっこの2階、
ドアは、左はしから2番めです。
わたしたちが借りていたころは、赤いドアだったんですけどね。


ドアを開けると、2階へ通じる長い階段がついていて、
その階段をのぼったところが広いリビングで、奥に小さなキッチン、
手前がベッドルームで、右手にも、小さめのベッドルーム。
昔の家なので、とっても広々とした造りになっていました。


けれども、セントラルヒーティングがなかったので、
もし、冬のあいだも暮らしていたら、きっと寒かったにちがいありません。
そのうえ、このフラットには、セントラルヒーティングがないばかりか、
洗たく機も、テレビのアンテナも、電話もなかったので、


バスタブと腕と健脚が洗たく機、
持って入居したテレビはビデオ専用、
電話は、フラットの正面の



こちらが、わが家専用電話となっていました。


ただ、わが家からかけるぶんには不自由ないのですが、
かかってくるのを受けるのはちょっとむずかしかったもので、
今は、毎日、仕事先から、お昼休みにかかってくるイアンからの電話、
そのころは、毎日、郵便で小さなグリーティングカードがとどいていたのでした。


現代文明からとり残されたような田舎暮らし、
多少不便に思うこともあったけれど、
それはそれでなかなか楽しい毎日でした。
今となってはかけがえのない思い出でもあります。


お休みの日には、あちこち手軽に歩きにも出かけられたし、
そんな毎日がとても気に入っていたわたしたちなのでしたが、
実は、わたしたち、6か月の契約をとりかわしていたにもかかわらず、
残念ながら、たったの3か月でこのフラットを出ることになったのでした。


そのお話は、また明日……。






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